大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和42年(オ)662号 判決 1968年11月15日

上告人

高野繁生

代理人

高橋猪兎喜

ほか四名

被上告人

愛知機械工業株式会社

代理人

吉田司郎

安部万太郎

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄し、右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人高橋猪兎喜、同梶谷丈夫、同宮田耕作、同梶谷玄、同舟辺治郎の上告理由第三点および第七点について。

論旨は、まず本、件土地・建物に設定された共同根抵当権の被担保債権額の合計は、売買当時の抵当物件の価額を超過しているから、右売買は詐害行為となりえないといい、かりに然らずして、抵当物件の価額が被担保債権額を超過していたとしても、余剰金の限度における価額賠償のみを認めるべきであると主張する。

よつて按ずるに、抵当不動産について詐害行為の成否が争われた場合は、不動産の価額と抵当債権額との多寡がまず問題となるので、その数額の確定を要するところ、根抵当権については、一般に民法三七四条の適用はないが、元本極度額としての登記がある場合には同条の適用があり、最後の二年分の利息・損害金については、元本との合計額が極度額をこえる場合においても、抵当債権者は優先弁済をうけ得るものと解すべきである(大審院昭和一三年(オ)第一二八六号同年一一月一日判決、民集一七巻二一六五頁参照)。

これを本件についてみるのに、まず、本件土地・建物につき、共同担保として、株式会社伊予合同銀行のため債権元本極度額二五〇円、被上告人のため、債権極度額二〇〇万円の根抵当権が設定されていたこと、これに対し債権者たる協和産業株式会社の負担する債務の額が、本件土地・建物の譲渡(原判決にいう売買)当時、伊予合同銀行につき二五〇万円、被上告人につき一六〇〇万円以上であつたことは、原判決の確定するところである。したがつて、右にいう伊予合同銀行分の債務二五〇万円が元金のみの謂であつて、他に利害・損害金の存するものがあるとすれば(この点については原判決はなんら判示するところがない)、同銀行の有すべき被担保債権額は、元本二五〇万円のほか、これに対する最後の二年分の範囲内の利息・損害金を含むこととなり、その額はかりに商事法定利率によるとして、二年分で三〇万円となることが計数上明らかであるから、これら元利金の合計は二八〇万円以上となることもありうべく、他方、被上告人の有すべき被担保債権額は前記極度額二〇〇万円にとどまるから、これによると、両者の合計は四八〇万円以上となりうることも予想される。しかるに、原判決の確定するところによれば、本件詐害行為取消しの目的たる譲渡(売買)当時の、丹下周市所有の本件土地の価額は四二〇万円、協和産業所有の本件建物の価額は六二万円、その合計四八二万円であるというのであるから、前記根抵当権の被担保債権額の合計額として予想されうる四八〇万円以上と対比するときは、抵当不動産の価額と被担保債権額とその多寡いずれとすべきか、すこぶる分明を欠き、本件においてはたして詐害行為が成立しうるか否か、疑いなしとせず、かりに詐害行為が成立するとしても、原判決認定の事実関係のもとにおいては、一部取消しの限度において価格賠償が許されるにとどまるものとすべきである(最高裁判所昭和三〇年(オ)第二六〇号同三六年七月一九日大法廷判決、民集一五巻七号一八七五頁参照)。

しかるに、原判決が、前記債権元本極度額二五〇万円のほか最後の二年分の範囲内の利息・損害金についても担保権のありうべき伊予合同銀行分の賃務につき、これをたんに債務二五〇万円とのみ判示して、利息・損害金の有無ないし額を確定せず、また、丹下周市所有の本件土地につき譲渡行為の全部を取り消して、上告人に対する所有権移転登記等の抹消を命じたのは、民法三七四条または四二四条の適用につき審理不尽、理由不備の違法あるものというべく、論旨はけつきよく理由あるに帰し、原判決は、その余の点につき判断するまでもなく破棄を免れない。本件は、以上指摘の諸点および要すればさらに本件土地・建物の価額の確定について、なお審理を要すると認められるので、これを原審に差し戻すべきものとし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(奥野健一 草鹿浅之介 城戸芳彦 色川幸太郎)

上告代理人高橋猪兎喜(ほか四名)の上告理由

第三点 一、本件土地及び建物には本件売買に優先する二箇の共同根抵当権が設定されている。第一順位は、株式会社伊予合同銀行のため債権元本極度額金二五〇万円、第二順位は被上告人のため債権極度額金二〇〇万円である。而して前者については大審院昭和一三年一一月一日判決(民集一七巻二一六五頁)により、又後者については御庁第三小法廷昭和三六年一〇月一〇日判決(最高裁裁判例民事五五号五四三頁)により、いずれも民法第三七四条の適用が認められ、その満期となつた最後の二年分の利息及び損害金について優先弁済を受けるものである。

従つて年六分の商事法定利率によつてこれを計算するとき、前者は元本二五〇万円、利息等三〇万円、合計二八〇万円となり、後者は元本二〇〇万円、利息等二四万円、合計二二四万円となり、その総計は金五〇四万円である。

これに対し、本件売買当時における本件土地の価格は金四二〇万円、本件建物の価格は金六二万円、その総計は金四八二万円であることは、原判決の認定するところである。

従つて本件売買当時において、本件土地及び建物の価格は、本件売買に優先する被担保債権額を下廻つていて実質上全く無価値のものであつた。

二 無価値のものの売買は詐害行為取消の対象とならないことは、当然の理である(大審院明治四〇年二月一三日判決・民録一三輯一〇八頁)。原判決が、丹下周市において協和産業の上告人に対する借受金八〇万円の債務を担保する目的で本件土地を上告人に売渡したことを以つて債権者の一般担保を減少せしめ、これを詐害する行為であると判示したのは、判例に違反し、民法第三七四条及び第四二四条の適用を誤つたものと言わざるをえない。<中略>

第七点 一、原判決の認定するところによれば、本件売買当時における本件土地の価格は金四二〇万円、本件建物の価格は金六二万円、その合計額は金四八二万円であり、この両者に対し株式会社伊予同銀行のために債権元本極度額二五〇万円の第一順位の共同根抵当権、被上告人のために債権極度額二〇〇万円の第二順位の共同根抵当権が設定されており、その債権元本合計額は金四五〇万円で、これを控除すれば、本件土地及び建物の余剰価格は金三二万円である。

而して原判決は、本件建物の売買は詐害行為に該当しないが、本件土地の売買は詐害行為として取消さるべきものであると判示した。

二、元来抵当不動産はその価格から被担保債権額を控除した残額のみが一般財産に含まれるものであり(大審院昭和七年六月三日判決・民集一一巻一一六三頁参照)、かつ共同抵当の場合には目的たる数個の不動産のすべてが被担保債権全額の負担を受けるものである(大審院昭和八年三月一八日判決・新聞三五四三号七頁参照)。従つて、本件において第一順位及び第二順位の共同根抵当権者は本件土地又は建物のいずれにも随意その被担保債権全額の負担を求めうるものであり、しかも本件土地及び建物はその所有者を異にするばかりでなく、前者の売買は詐害行為として、取消さるべく、これに対して後者の売買は然らずというにあるが故に、本件売買に優先する右共同抵当権の実行との関係において、両者の各負担は如何、その合計余剰価値金三二万円は両者のいずれに、かつ如何様に帰属ないし配分せしめるべきか、この問題については、価格賠償以外に衡平にして合理的な解決はないと考える。

三、御院は、大審院判例を踏襲し、「債権者取消権は債権者の共同担保を保全するため、債務者の一般財産減少行為を取り消し、これを返還させることを目的とするものであるから、右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものと解すべきである。したがつて、前記事実関係によれば本件においてもその取消は、前記家屋の価格から前記抵当債権額を控除した残額の部分に限つて許されるものと解するを相当とする。そして、その目的物が本件の如く一棟の家屋の代物弁済であつて不可分のものと認められる場合にあつては、債権者は一部取消の限度において、その価格の賠償を請求するの外はないものといわなければならない。」と判示されている。(最高裁大法廷昭和三六年七月一九日判決・民集一五巻一八七五頁。なお、共同抵当権設定の事案について、大審院明治四四年一一月一〇日判決・民録一七輯七一五頁、同大正八年四月一二日判決・民録二五輯六七四頁、同昭和八年三月一八日判決・新聞三五四三号七頁等)

原判決は、この点において、判例に違反し、民法第四二四条の適用を誤つたもので、到底破毀を免れない。

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